それまで困難であった連続的な電波の安定な発生を実現し、実用に耐えうる世界で最初の無線電話器が”TYK無線電話器である。

筐体は上箱に送信部、下箱に受信部を、外部で接続するインダクション・ボックスにより構成される。
受信部は鉱石受信機により無電源で、送信部は直流500V前後のDC電源により動作する。
この電源のために、電車線からDCを引いたり、ダイナモによる電源を用意したり、300個近い乾電池を用いたりするなど幾つかの手法が用意されていた。
 上箱送信部の上面には、アーク放電により高周波を発生するユニットが、絶縁のための大理石の上に構築されている。ここに、TYK無線電話器を成功に導いた”放電間隙自動調整機構”が搭載されている。

 発生された高周波は、直接、カーボンマイクを流れて変調が掛けられる。このマイクは、放電回路の近くにあり、使用時には通話者の鼻先に放電したとの一説も伝えられている。
 実験の記録によると、停泊中の船舶と陸上の間では良好に用いられたようで、停泊港では一般人に通話をさせている模様が記録に残っている。寄港先の多くで、「ヨク聞コヘマス。成功ヲ祝イマス。終リ」のような通話があるのが微笑ましい。

 しかし、船舶における実験の記録には、取り扱いの不備や故障による不通の記録が見られる。
TYK無線電話器には、コンデンサ・コイル・タップ切り替えなど調整箇所が多く存在し、また、受信時にはダイナモを停止する必要がある場合があるなど、後に復元活動に携わられた電波研究所の若井登先生も、”操作には熟練が必要であったものと思われる”と論文に述べている。

 さて、TYK無線電話器が発明された当時は既に船舶通信の周波数が定められていたので、その周波数帯である、約500kHz〜1MHzで通信が行われた。
 電信からの混信で通話が中断した記録もあり、既に無線電信が広く用いられていたようである。
 船舶局との実験で沿岸局で用いられたアンテナは、短いもので約30m、長いもので約100mで、波長の約1/10から1/20の長さであったようである。
 帯域を広く取る認識があったかどうかは不明であるが、エレメントは多くの場合で4条が展開され、銅板を海底に投げ込んで使うなど、接地についての配慮も為されていた。

 多くの実験が為されたTYK無線電話器であったが、騒音で受信音が掻き消されやすいなどの不利な点も明らかになり、船舶での利用が断念された。
 しかしその後、陸上での利用については有効であることが認識され、鳥羽-神島-答志島において、世界で初めて実用されることとなった。
参考文献:  
  逓信省式実用無線電話器付実地試験成績書  大正2年 電気試験所第二部
  TYK無線電話機の修理復元(中間報告) 共同研究報告書 平成20年3月 井上恵子、若井登、小室純一
(C) 2011  実用無線電話発明100周年記念局実行委員会 All Rights Reserved.


(写真:アンリツ株式会社)
(逓信省式実用無線電話器付実地試験成績書
 大正2年 電気試験所第二部)